2016年07月13日

恋をして 著:赤鈴

 俺には好きな人がいる。もう2年も片想いだ。
これまで俺はこと恋愛に関しては淡泊だった。告白して、フラれたら、その時点で諦めていた。
でも、今回は今までの恋愛とは少し違っていた。
告白をして、フラれても諦めることなんてできなかった。それは恐らく、俺が本気だからだろう。
俺は今年で25歳になったが、彼女なんてできたことがなかった。仕事でも、プライベートでも上手くいかず、ロクな人生ではなかった。
そんなロクでもない人生が彼女と出会ったことで少し、変わった。
1つだけ、本当に1つだけだけど、人生に楽しみができた。
 彼女の名前は立花 凜子。出会いは友人主催の合コンだった。最初は正直、見た目で惹かれた。
彼女はスタイルもよく、とても綺麗な人だった。当然、彼女は他の男の目を集めた。
しかし、話してみると、綺麗な外見とは裏腹に、とても肝の据わった、気の強い女性だということが分かり、他の男はいつの間にか他の女性にターゲットを変えていた。男はいつの時代も"女の子らしい"可愛い女性が好きなんだろう。
でも、俺は違っていた。
彼女と話せば話すほど、彼女のその魅力に惹かれていった。それは正直外見もそうだが、それ以上に彼女自身の中身にも惹かれていた。
俺はこれまで、ここまで気持ちいいほど思ったことをズバズバ言ってくれる女性と出会ったことがなかった。それが新鮮だったのかもしれない。
彼女とは別れ際に連絡先も交換した。それ以降、何度か連絡を取り合い、月に1回程度だが、会うようになった。しかし、それはあくまでも"友人"としてだった。
 最初に彼女に告白したのは彼女と出会って1年近く経った頃だった。
俺はいつものように彼女と会う約束をした。事前に少しオシャレな感じの店を予約し、2人で食事をした。その時に、俺は思い切って彼女に告白をした。
「凜子ちゃんと一緒にいると楽しいし、本当に一緒にいて楽なんよ。これからもずっと一緒にいたいって思う。時々怒ってもいいから、凜子ちゃんの笑顔をずっと隣で見ていたい。一緒に幸せになりたいって思うし、してあげたい。だから、その・・・付き合ってください!」
今まで生きてきて、これ以上ないくらい勇気を振り絞った。手の震えが止まらず、手汗がヤバイことになっているのが自分でも分かった。彼女は俺が言い終わるまで、じっと見つめてくれた。少し考え込んだ後、彼女は口を開いた。
「雄太がいい人なのはなんとなく感じてるし、実際そうなんだと思う。でも、正直雄太に対して恋愛感情はないんだ。ごめんなさい。気持ちだけ受け取っとく」
今まで生きてきて、これ以上ないくらい絶望感を、この時俺は感じていた。でも、それでも諦めることなんてできなかった。本気で彼女のことが好きだったから。
フラれたからといって、それで"はい、次!"なんて都合良く心の切り替えなんてできるはずもなかった。俺の中で彼女の存在はそれほどまでに大きく膨れ上がっていた―。
 それからも彼女はこれまで通り会ってくれた。"友人"として。そして、現在に至る、というわけだ。
彼女への想いはなくなるどころか、むしろ以前にも増して大きくなっていた。本当は毎日でも会いたいくらいだったが、いかんせん安月給な俺は月に1〜2回が限度だった。
一番辛いのは別れる時だ。また1ヶ月会えないのか、と思うと、胸が苦しくなった。夢から現実へと無理やり引き戻されるような、そんな感覚。
―もっと俺に金があれば
何度そう思ったか知れない。世の中、やはり最後は金なのだ。世界は世知辛く、欲望で溢れている。
俺は仕事にやりがいなんて感じたことはない。生活費の為もあるが、月に1回か、2回ある彼女と会う日に使う金の為に働いてる方が大きかった。金の為以外に働く意味なんて、これっぽっちも感じていなかった。
 そんな日々の中で、時々自信がなくなることがある。
―俺と彼女との関係は、このままでは一生"友人"のままなんじゃないか
と。そう思うと不安で夜も眠れず、苦しさで死にそうになり、自分の将来の希望が見えなくなっていた。
恋愛がこんなにも苦しくて、辛いものだなんて、俺は知らなかった。こんなにも辛いなら、いっそのこと恋なんてしなきゃよかった。
そんな風に思ってしまう日もあった。俺は恋に殺されかけていた。
 ある日、俺はいつものように彼女と会う約束をしていた。場所はどこにでもあるような居酒屋。
その日の夜、いつもの待ち合わせ場所で彼女を待っていると、人混みに紛れて彼女が現れた。
「オッス」
「おう」
軽く挨拶を交わし、2人で居酒屋へと向かった。夏ということもあり、夜でも蒸し暑く、汗ばんでしまう。
10分ほど歩き、目的地である居酒屋へと到着した。土曜日の夜、ということもあり、店内は客でごった返している。
「2人なんですけど、大丈夫ですか?」
「カウンター席でもよろしいでしょうか?」
「俺はいいけど、凜子ちゃんは大丈夫?」
「私も別にカウンターでいいよ」
「じゃあ、カウンターで」
「ありがとうございます!では、こちらへどうぞ」
店員にカウンター席まで案内され、2人で腰をかける。すぐに冷たい水が出てきた。俺はそれをすぐにガブ飲みした。身体に沁みわたるようだ。
「暑いねぇ」
「うん、マジ暑い」
「あっ、そうだ。酒呑む前に渡す物があったんだ」
「なになに?なんかくれんの?」
「はい、これ」
俺は鞄から藍色の小箱を取り出し、彼女に開けて見せた。
「結婚しよ。やっぱ俺、諦めきれねぇんだわ、凜子ちゃんのこと」
「ここでそれ言う?」
「いいじゃん。庶民的で」
「もう、馬鹿なんじゃない。マジキモい。でも、もったいないから受け取ってあげる」
「なんてね、やっぱダメだよね・・・って、えっ?」
「えっ?」
「結婚してくれんの!?」
「仕方ないからしてあげる。それに、これ以上告白されるのもウザいしね」
「マジか!!ありがとう!よっしゃあぁぁー!!」
「声でかいって!他の人の迷惑でしょ!本当に馬鹿なんだから」
そう言いながらも、彼女は少し嬉しそうに笑っていた。この日、俺は彼女と朝まで呑んだ。
 あれから10年―。
今では子供にも恵まれ、彼女と幸せな家庭を築いている。過去の自分からは想像もできなかった未来が今、現実としてここにある。
もし今、タイムマシーンが目の前にあったら、過去に戻って自分に言いたい―
「お前には輝かしい未来が待っているんだ。だから、頑張って、踏ん張って生きろ!」
と。人間、どんなに辛く、暗い人生でも、少し、ほんの少し生きてみれば、思いのほか早い段階で明るい人生が待っていたりするものだ。俺は彼女と出会って、それを知ることができた。
彼女は今でも相変わらず気が強く、怒ると怖い。でも、時々見せてくれる彼女の笑顔が今でも俺に生きる活力を与えてくれている。俺は恋に生かされている。
俺は今でも彼女に恋をしている。そして、これからも―。
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2016年07月05日

アンドロイド♂との不思議な同居生活 第1話 著:赤鈴

 俺は時々、思うことがある。
実は俺以外の人間のどこかにはバッテリーが内蔵できるようなところがあり、みんな人間ではなく"ロボット"なんじゃないかって―。
いや、仮にロボットじゃなくても、俺達はプログラミングされたロボットのようなものだ。その中でも俺は"量産機"。代わりはいくらでも、いる。使い物にならなくなったら廃棄処分され、そして、俺の代わりのロボットが新しく入る。ただ、それだけの話だ。
したくもない仕事をし、顔を会わせたくもない上司と顔を会わせ、家に帰っても労をねぎらってくれる家族もいない。
いっそのこと廃棄処分された方が幾分かマシだ、と思う日もある―。
「おい!鈴木。ちょっと来い」
佐藤部長だ。あの声は、また怒られるに違いない。まったくもって憂鬱だ。
「はい。お呼びでしょうか」
「この書類を作成したのはお前だな?」
「はい。たしかに私ですが、何か不備でもございましたでしょうか?」
「"何か不備でもございましたでしょうか?"じゃないんだよ!ここの数字!!桁が1つ多いんだよ!!お前は会社を潰す気か!!だいたいお前、ちゃんと確認したのか!?」
「申し訳ございません。私の確認不足でございます」
「お前、今年で何年になる?」
「はい?」
「入社して何年になるんだ?と訊いてるんだ!何度も同じことを言わせるな!!」
「申し訳ございません。今年で・・・5年目に、なります」
「いい加減、こういう初歩的なミスはやめてくれないか?私に今更こんなこと言わせないでくれ。頼むよ、鈴木」
「・・・申し訳ございません」
周りの視線が痛い。声は聞こえないけど、俺にはみんなの笑い声が、心の声が聞こえる。
―使えねぇな、あいつ
―また怒られてるよ、あいつ
―いい加減、辞めればいいのに
俺は耳を塞ぎたくなるような衝動に駆られた。依然として佐藤部長の怒号が室内に響き渡っている。無駄にうるさい。
―消えてしまいたい
そう、思った。
 今日ぐらいは早く帰りたかったのだが、結局いつものように残業になってしまった。定時で帰れた試しがない。
「おい鈴木、あまり残業してくれるなよ。人件費のことも考えてくれ。だいたいお前の動きには無駄が多いんだよ。もっと効率よく動けば残業時間も減るはずだろ?分かるか?」
「はい。申し訳ございません・・・」
佐藤部長は俺に何か恨みでもあるのか?それとも、プライベートで何か気に障るようなことでもあって、機嫌が悪いのか?
どちらにせよ、佐藤部長だけは好きにはなれない。そもそも、他にもっと言い方があるだろう。人を見下したような言い方しやがって。そのくせ上にはごまをすり、いい顔してる。仕事はできるかもしれないが、人としては尊敬できないし、コミュニケーションも取りたいとも思えない。実際、佐藤部長を嫌ってる人は多い。部下に慕われないような上司は上に立つべき器ではない。つまり、佐藤部長には上に立てるだけの器がないのだ。ご愁傷様。
面と向かっては言えないから、心の中で愚痴をこぼす。我ながら情けないかぎりだ。
 ようやく仕事が片付いた。時計の針はすでに21時を回っている。
「よう!鈴木、お前も今終わりか?」
声をかけてきたのは同期の高橋だ。こいつは俺とは違って仕事はできるし、上司からの信頼も厚く、見た目も女子が好きそうなジャニーズ系のイケメンだ。しかも、かなり良い奴ときたもんだから文句のつけようがない。とても同期だとは思えない。こいつを見てると"天は二物を与えず"ということが嘘だというのがよく分かる。俺には二物どころか一物もない。泣けてくる。量産機はどう足掻いてもエリート機には勝てないのだ。それが宿命。それが現実。
「あぁ、今終わったとこだ。そっちも今終わりか?」
「まぁな。今日中にやってしまいたいことがあってな」
「そうか・・・」
「なんだよ、暗い顔して。どうせまた佐藤部長にでも怒られたんだろ?」
「まぁ、そんなとこだ」
「気にすんなよ。これから仕事で挽回すりゃいいじゃねぇか。ほら!暗い顔してないでさ!今日は呑みに行こうぜ!奢ってやるからさ」
「そうだな。ありがとう、高橋」
 俺は高橋と一緒に会社の近くにある居酒屋へと呑みに行った。店内は仕事終わりのサラリーマンでごった返している。俺と高橋はカウンター席に座った。
「とりあえず、ビールでいいよな?」
「あぁ、そうだな」
「すみませ〜ん。生中2つ!」
「はい!かしこまりました!」
店員が忙しそうに返事をする。高橋は通勤鞄からタバコを出すと、その中から1本取り出し、ライターで火をつけ、美味しそうに吸い始めた。
「すまん。俺にも1本くれないか?」
「それは別にいいけど・・・お前、タバコやめたんじゃなかったのか?」
「吸いたい気分なんだよ。今日は」
俺は高橋からタバコを1本もらうと、火をつけ、ニコチンを摂取した。久しぶりのタバコに少しむせそうになる。溜め息と一緒に煙を吐き出す。
「なんだよなんだよ、そのしけた面は!酒がまずくなるじゃねぇか」
「すまん。今日は、なんていうか・・・色々と、無理だ」
「元気だせって!佐藤部長が言ったことなんて気にすんなよ。ああいう言い方しかできない人なんだよ、あの人は」
「それにしたって、もっと言い方ってもんがあるだろ」
思わず口に出てしまった。自然と、吐き出すように口から出た。
「なぁ、高橋。お前はさ、生きてて、楽しいか?」
「なんだよ、突然」
「俺はさ・・・つまんねぇよ。辛いことばっかりじゃねぇか、人生ってさ。毎日毎日、仕事仕事でさ・・・その仕事も上手くいかないことばっかりだし、怒られてばっかだしさ、プライベートでも何の楽しみもないし・・・俺、もう自分が何の為に生きてんのか分かんなくなったよ」
今まで我慢してきたものを次々と吐き出す。ずっと誰かに聞いてほしかったのかもしれない。高橋が俺を慰めるように、静かに語りかけてくる。
「生きてる意味なんて俺にも分かんねぇよ。でもさ、人間って、その意味を探す為に今、必死になって生きてんじゃねぇの?俺も"人生ってマジクソゲーだわ"って思うこともあるぜ?辛いこともあるしさ。でもさ、人生ってさ、生きてさえいればきっと"あぁ、生きててマジ良かったわ"って思える瞬間ってのがきっとあんだよ。"悪いことが続けば、その後にはきっと良いこともある"って、うちの田舎のじっちゃんもよく言ってたぜ?最終的にはプラスマイナス0になるようにうまいことできてんだよ、人生ってさ」
俺は男だが、この時、俺は高橋に本気で惚れそうになった。俺が女だったら確実に高橋に一目惚れしているところだ。
「なぁ、そんな暗いことばっかりじゃなくてさ、なんかこう・・・ほら!楽しいこととか考えようぜ!」
「なんだよ、楽しいことって」
「お前は行きたいとことかないのか?」
高橋からの突然の質問に、俺は少しの間、頭の中で答えを模索した。
「海、かな」
「海いいじゃん!水着ギャルに癒されようぜ!」
「水着ギャル・・・たしかにいいよな」
「な?楽しいこと考えてると、気分も少し明るくなれんだろ?」
「お前ってさ・・・ほんと、良い奴、だよな」
「なんだよ、今頃気づいたのかよ。こう見えて割りと良い奴なんだぜ、俺」
俺はいつの間にか自然と笑っていた。高橋もそんな俺を見て、笑っていた。
「よし!今日はとことんお前の愚痴を聞いてやる!なんでも話すがいい!!さぁ、話したまえ!俺にぶちまけろ!」
―本当に、こいつには敵わない
そう、思った。タバコはいつの間にか短くなり、灰が灰皿の上にぽとりとこぼれ落ちた―。
 それからしばらく、俺は高橋に愚痴を聞いてもらった。そしたら、少しスッキリした。やはり持つべきは友であり、同期だ。
「そういえばさ、お前。"あの噂"、聞いたか?」
「なんだよ、あの噂って」
唐突に高橋が話題を変えてきた。
「近々、うちの会社にアンドロイド社員ってのが試験的に導入されるらしいぜ」
「アンドロイド社員?」
「あぁ、いわゆる"ロボット"ってやつさ」
少し現実離れした話に、俺は思わずギョッとした。
「マジか?」
「あぁ、マジもマジ、大マジだよ。社長もかなり乗り気だって話だ」
「でも、うちの会社のどこにそんな予算があるんだよ。アンドロイドだってタダじゃないんだろう?」
「俺も詳しくは知らないが、どうやら国からの援助もあるらしい。もしかしたら、国を挙げての国家プロジェクト的なやつかもな」
「もしロボットが俺らの代わりに仕事をするようになったら、俺達はお払い箱ってことになるな」
「まぁ、そうなるな」
「お前はまだいいよ。俺なんか真っ先に切られるだろうな・・・」
「そんなことないさ。お前にはお前にしかできない仕事もあると思うぜ、俺は」
「俺にしかできない仕事、ねぇ・・・」
俺達はこの後、閉店時間ギリギリまで呑みに呑みまくった。この日の酒は、これまで呑んできたどの酒よりも美味しく感じた。
「じゃあまた、会社でな」
「あぁ」
帰ろうとする高橋を見て、俺はまだ自分が高橋にお礼を言っていないことに気付いた。
「高橋!」
俺は慌てて高橋を呼び止めた。気恥ずかしさが邪魔をして、一瞬言葉に詰まる。
「今日は、その・・・なんだ・・・ありがと、な」
「礼なんていいって。気にすんなよ。俺達同期だろ?水臭いことはお互いなしにしようぜ。じゃあな!」
俺はこの時、高橋が神様か仏様に見えた。お前って奴はどこまで良い奴なんだ、高橋。自分だって今、新規プロジェクトや、他の自分の仕事とかで余裕なんてないはずなのに。
―俺は良い同期を持って幸せ者だな
そう思いながら、この日は帰路についた。いつもより夜空がほんの少しだけ、明るく見えた気がした―。
 そして、それからしばらく経った、ある日の出勤日―
「おい、鈴木。ちょっといいか?」
また佐藤部長だ。今度は一体なんなんだ。
「はい、お呼びでしょうか」
「お前今、ちょっと大丈夫か?」
「えっ?あっ、はい。大丈夫、ですが」
「よし。じゃあ、お前今から社長室へ行け。社長がお呼びだ」
「しゃ、社長が!?私を、ですか!?なんでまた・・・」
「そんなことは知らん。いいから、さっさと行け!ぐずぐずするな!」
「は、はい!!」
なぜ社長が俺を?とうとうクビを切られてしまうのか?
俺の頭の中で色んな考えが渦のようにグルグルと回っていた。エレベーターで社長室のある最上階へと向かった。今の気分は切腹前の侍のような気分だ。自分の黒いスーツが白装束に見えて仕方がない。
社長室の前へと着き、深呼吸をしてから、威圧的な雰囲気さえ漂ってきそうな社長室の扉を震える手で3回ノックした。ノック音が妙に大きく聞こえた。
「しょ、商品企画課の鈴木です!」
「入りたまえ」
「し、失礼いたします!」
思わず声が上ずってしまった。恥ずかしい。
中へと入ると、いかにも"社長室"というような、高級感あふれる室内が俺の目の前に飛び込んできた。座り心地の良さそうな黒い本革の椅子には難しい顔をした社長が座っている。社長の机の前には黒いスーツを着た、見たことのない男性が立っている。高橋と同じくらいか、もしくは、それ以上のイケメンだ。スタイルも良い。
「忙しいところ呼び出したりしてすまないね」
「い、いえいえ!とんでもございません」
「今日、君を呼び出した理由なんだが―」
心臓が口から飛び出そうなくらいドキドキしているのが自分でも分かった。俺は固唾を飲んで、社長の言葉に耳を傾ける。
「君に頼みたい仕事があってね」
「へ?わ、私に、ですか?」
「あぁ、そうだ。君にだ」
予想外の社長の言葉に思わず気の抜けたような声が出てしまう。と同時に、少し安堵している自分もいた。とりあえず、首は切られずに済むようだ。
「君には彼の教育を頼みたくてね」
社長の視線の先には、さっきのイケメン男性が立っていた。
「ちょ、ちょっと待ってください!私の他にも優秀な人材はいくらでもいるはずです。なぜ、私なんでしょうか?」
「うむ。そのことなんだが・・・彼なんだがね。実は・・・人間ではないのだよ」
「・・・どういう、意味でしょうか?」
たしかに、同じ人間だとは思えないくらいイケメンではあるが、彼はどこからどう見ても普通の人間のように見える。社長の言葉の意味がまるで分からない。場を和まそうとしての冗談なのか?
「すでに一部では噂になっているようだが、君も聞いたことはないかね?」
「なんの、ことでしょうか?」
「"アンドロイド社員"の話だよ」
たしかに、高橋からそんな噂があるとは聞いていた。俺は"まさか"と思った。
「彼がね、そのアンドロイド社員なんだよ」
俺は本当に驚いた。どこからどう見ても普通の人間にしか見えない彼がアンドロイドだとは到底思えなかったからだ。
「信じられない、というような顔をしてるね」
「当然です。どこからどう見ても普通の人間にしか見えません」
「まぁ、それが普通の反応だな。私も最初見せられた時は信じられなかった。だが、これを見せられた時は信じざるを得なかったよ」
社長はそう言うと、おもむろに彼のスーツと、シャツを脱がした。彼の肉体美があらわとなった。彼は表情1つ変えない。身体つきは、かなり良い。腹筋も綺麗に6つに割れている。彫刻作品のような身体だ。社長は彼の背中が俺に見えるように、彼を動かした。
すると、彼の背中の中央より少し下くらいにスマートフォンぐらいの大きさのモニターと、その下にはわけのわからないボタンのようなものがいくつかあるのが見えた。モニターの横には黒いスイッチのようなものまである。俺は自分の目を疑った。
「な、なんなんですか!?これ」
「ここのモニターにバッテリー残量が表示される。下のボタンに関しては・・・あまりイジらない方がいい。私もまだ把握してないからな」
「こ、これ・・・本物、なんですか?」
「あぁ、本物だ。君は大学時代、ロボット研究会に所属していたらしいね?」
たしかに、俺は大学時代にロボット研究会に所属していた。でも、5年以上も前の話だ。今はロボットとは縁もゆかりもない生活を送っている。
「その君を見込んで、お願いしたいんだ。頼まれてくれるかね?」
「大変有り難いお話だとは思いますが―」
「もちろん、それ相応の見返りは約束しよう。頼まれてくれんかね?」
「5分ほど考えるお時間をいただけませんでしょうか?」
「あぁ、もちろん構わんよ」
俺はない頭で必死に考えた。アンドロイドの教育なんて俺にできるのか?でも、これは佐藤部長を見返すチャンスだ。もし、ここで上手くいって、社長からの信頼を得れば、あいつをギャフンと言わせることができる。それに、できる、できないじゃない。"やるか、やらないか"だ。
「答えは、出たかね?」
「・・・はい」
俺は少し間を置いた後、答えた。額に変な汗がにじみ出てくる。
「謹んで、お引き受けさせていただきます」
「おぉ!!そうか!やってくれるかね!いやぁ〜!君ならやってくれると信じていたよ!ありがとう!本当にありがとう!!」
「い、いえいえ。そんな・・・」
「それと、1つだけ注意事項がある」
「注意事項、ですか?」
「うむ。彼がアンドロイドだ、ということは決して周りには知られてはいかん。無論、君の家族や、友人、恋人にも話してはならん。もし、彼がアンドロイドだと周りに知られたり、彼のことを話したりしたら―」
「したら・・・どうなるんですか?」
「君には責任をとってもらうことになるから、そのつもりでいなさい」
そういうことはもっと早く言ってほしかったぜ、社長。そう思ったところで後の祭りだった。
「彼は中途採用で入社した新入社員ということにするつもりだ。名前は"吉田 翔太"ということにする」
「かしこまりました」
「今はまだ電源を切ってあるから動かないが、電源をいれれば普通の人間のように喋るし、周りの音声を聞き取って、それを理解し、学習することもできる。動きも人間のように自然と歩くし、走ることもできる。無論、水に濡れても大丈夫だ。ちなみに、電源はモニターの横の、この黒いスイッチがそうだ。だから、君は普通に、他の新入社員を教育する時と同じように教育してくれればいい。ただし―」
「ただし?」
まだ何かあるのか。俺はだんだん不安になってきた。
「バッテリー切れには十分注意してくれ。バッテリーが切れると動かなくなるからな。充電は自動充電というやつらしい。まぁ要するに、充電はこっちが気にしなくても勝手にしてくれるってわけだ。ただし、充電中は彼はまったく何もできない状態となる。動くこともできん。つまり、バッテリーが切れそうになったら、人目のつかないようなところに避難させてほしい、ということだ。覚えといてくれたまえ」
なんともめんどくさいアンドロイドだ。これは厄介な仕事を引き受けてしまったものだ。俺は自分の浅はかさを恨んだ。
「入社日はいつ頃になりそうですか?」
「そうだな。入社前にメンテナンスも必要だって話だからな・・・来週の週明けから、という感じになるな。後、仕事が終わった後、アンドロイドをどうするか、なんだが・・・」
「はい」
「君は、ひとり暮らしかね?」
「はい。ひとり暮らし、ですが・・・」
「付き合ってるような人はいるのかね?」
「・・・いません」
「なら、よかった」
嫌な予感しかしなかった。社長、あなたは一体なにを言おうとしてるんだ。
「君の家にこのアンドロイドを、彼を置いてくれんかね?彼は食事を必要とせんからな。食費もかからんぞ」
そういう問題ではない。それにしても、嫌な予感ほどよく当たるというが本当だな、と、俺はこの時思った。
「・・・かしこまりました」
今更断ることなんて、俺にはできなかった。こうして俺とアンドロイドの不思議な同居生活が、今、幕を上げようとしていた―。
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2016年07月01日

暁の空

 季節は冬。その日の朝はいつもより寒かった。
 ここはとある廃墟ビルの屋上。地上との差は二十メートル以上ある。
 眼下に広がる町では郵便局のバイクが走り、地平線からは太陽が顔を出そうとしている。
 そんな空の下で俺は「ここから落ちたら死ねるかな?」と思いつつ屋上の柵を越えようとしていた。
 思ってたより体が動く。こういうときはためらうものだと思っていたからだ。
 そしての上部に柵に足をかけた時だった。

「飛び降りちゃダメー!」

 突然現れたショートヘアーの少女が俺の腕を掴み引っ張ってきた。

「なんだよ君!? 離してくれ! 俺は死にたいんだよ!」

 俺は抵抗した。
 すると少女は俺の腕を強く抱きしめた。

「生きたくても生きられなかった人だっているだよ!」
「……」
「必死に今日を生きようとしている人も居るし明日を迎えれない人も居るのに……」

 なぜだろう? その言葉に何かを感じた。
 俺は突然全身の力が抜けその場に崩れるかのように座り、少女も俺の横に座った。

「落ち着いたみたいだね。えーっと名前は?」
「そういうお前の名前はなんだよ?」
「私? 私は志音(しおん)
「俺は幸太(こうた)……」
「何で幸太は死にたいと思ったの?」
「唐突だし呼び捨てかよ……まぁいいや。俺は漫画を描いているんだ」
「漫画家なの!?」
「いや、まだ連載もしてないただの学生だけどな。でもいつかは俺の漫画を認めてもらいたい。そう思い作品を描いては出版社に持って行った。賞にも応募もした。でもどれもダメだった……」
「だからって……」
「現実って厳しいよな。小さい頃は漫画家、大工職人、サッカー選手……何にでもなれると思っていたのに……」
「でも夢を持っているのは素敵だと思う。諦めず頑張ってみてよ」
「でも俺の漫画は……」
「何があっても私は幸太の漫画を応援する! まだチャンスはあるって」
「……ありがと。なんかやる気が出て来たよ」

 すると志音は小声で「もういいかな……」と呟いた。

「ん? 何か言ったか?」
「えっ、いや、なんでもないよ」
「そうか? ところで志音は何でここに居たんだ?」
「えっ……そ、そんなことどうでもいいじゃん」
「?」
 志音は少し慌てた。
「早く帰ろう。ここに居るの見つかったら大変だし」
「じゃぁそろそろ行くか」
「行こ行こ」

 俺と志音はビルの非常用階段を下りた。
 ビルを出た時には太陽は完全に出ていた。

「家まで送ろうか?」
「大丈夫。家近いから」

 そう言って志音は太陽の方に向かってゆっくり歩き出した。

「じゃぁね」
「お、おう……」

 ここで別れたらもう会えないのか?
 今日初めて出会ったわけで特別な存在じゃないはず……
 でも心に何かが引っかかる。

「待って!」

 俺は志音を呼び止めた

「ん? なに?」
「えっと、あのさ明日から冬休みで学校休みなんだ。だからまた会えるか?」
「うん、いいよ」
「いいのか?」
「暇だからね。それに幸太って良い人っぽいし」

そう言って志音はほほ笑んだ。

「ありがとう。俺の家はそこの青い屋根のアパート103号室だから」
「分かった。じゃっまた明日ね」

 再び志音は歩き出した。
 俺も志音が歩いて行った方向と逆の方向を歩き始めた。
 この気持ちは何だろう?……昨日まで人生も生きるのも辛かったのに今は楽しい気分だ。
 でもなんで志音はこんな朝早くあそこに居たんだ?
 ふと振り返ると志音の姿はもう見えなくなっていた。

 翌朝、布団で半分寝かけているとチャイムが鳴り静かにドアが開いた。

「鍵開いている……こんにちは〜……」

 志音は部屋を覗き込み俺が居るのを確認すると部屋に入り込んだ。
 そして寝ている俺の横に座り。

「幸太、朝だよー!」と言いながら勢い良く俺の楽園……いや、布団を取った。
「寒い……」

 その寒さに完全に目が覚めた。

「そっちが来て言うから来たんだからね」
「ごめんごめん。てか鍵は?」
「開いてたけど?」
「あれ?……あっ! 昨日帰ってきてそのまま寝ちまったのか……」

 起き上がり机の椅子に座った。
 机の上には漫画を描くためのパソコンがありその横にはペンタブレットなどが置いてある。

「それで私は何を手伝えば?」
「今度漫画大賞があるからそれに向けての画漫制作の協力をと思って」
「なるほどね。それでなにすればいいの?」
「まずは俺が考えたストーリーを聞いてくれ」
「分かった」

 俺はストーリーを口頭で説明した。

「それで主人公は家に戻るって話なんだ。どうかな?」
「なんて言うか……主人公の決意がね……」
「えっマジかよ〜。どうすっか……」
「私がストーリーを考えてあげようか?」
「自信あるのか?」
「まぁね」
「じゃぁ何かストーリーを聞かせてくれ」
「うん、いいよ。えーっとね……」

 志音は自分の考えたストーリーを俺に聞かせてくれた。
 話を聞くたびにその世界が見え、胸が熱くなっていた。

「って感じの話し。どうかな?」
「凄いな!」
「まぁね」

 志音は自信満々に小さな胸を張った。
 その時俺の腹が鳴った。

「あのさ志音……」
「なに?」
「買い物に行かないか? 腹減って」
「いいよー。買い物ってどこに行くの?」
「すぐそこのコンビニに」

 このアパートから100メートルほど先にコンビニがある。
 俺は着替えると財布とスマートホンを上着のポケットに入れた。

「スマホ持ってるんだね〜」
「志音は持ってないのか?」
「私のはこの前ポケットに入れてたら割れちゃって」
「早く買いなおした方がいいぞ」
「戻れば買うかもね」
「戻ればって?」
「こっちの話し〜」

 志音は時々なにか隠している様な気がする。
 靴を履き今度は忘れずに鍵をかけてアパートを出た。
 空は厚い雲に覆われている。この地域は雪が降らないからたぶん今日明日には雨が降るだろう。
 コンビニに着くと入口でカゴを持ち弁当コーナーとパンコーナーに向かった。

「これ美味そうだな」

 そして次々と商品をカゴに入れた。

 「志音。何か買ってやるよ」

 すると志音は首を振って「ご飯食べて来たからいいよ」と言って断った。

「そうか?」
「私、本読んで来るね」

 そう言うと雑誌コーナーへ向かった。
 俺は早めに買い物も終わらせ商品が入っている袋を手に持って志音がいる雑誌コーナーに向かった。

「おーい、志音。帰るぞー……ん?」

 返事が無いのでそこ行くと志音は雑誌を読んでた。

「何読んでいるんだ?」

 見るとそこにはここ数日前に起こった事件や事故の記事が書かれていた。
 中には連日連夜テレビで放送しているのもあった。

「そうそう。この事故隣町だったらしいな」

その記事の内容は隣町で自転車に乗っていた人が車に撥ねられ意識不明というものだった。運転手はそのとき飲酒していたらしい。

「……」

 志音はそのページを見たまま呆然としていた。

「どうした? まさかこの事故に遭った人知り合いとか……」
「えっ? あっ、違うよ。この子可愛そうだなって。早く帰ろっ」

 志音は雑誌を元に戻し直ぐにコンビニを出た。

「ちょっと待てって」

 俺も後を追ってコンビニを出た。
 アパートに着くと凍える手で鍵を開けて部屋に入った。

「やっぱ外は寒いなー」

 荷物を置き、俺は机の椅子に座り志音は床敷いてある座布団に座った。

「最近ますます寒いよな。志音は平気なのか?」

 俺は部屋にある毛布を羽織った。

「もちろん寒いよ。早くエアコン点けてよ〜」
「そうだな」

 俺は机の上にあったリモコンでエアコンの電源を押した。

「これで……ってあれ?」
「どうしたの?」
「電池が切れてる……買い置きも無い……」
「えー、他に何かないの? ヒーターとかさ」
「古い電気ヒーターならあるけど出すのが大変でさ」
「どこにある?」
「確かそこの押入れの奥だったかな?」

 そう言って志音が座っている背後にある押入れを指した。
 そこは普段開けない所で使わなくなった物が入っている場所だ。

「この中?」
「そうそう」

志音は振り返り押入れを開けた。その中にはいろんなものが詰まっていた。

「この中に……」

 当然の反応だな。何しろ中にはいろんな大きさの段ボールの山があるからだ。
 学校で使っていた物や買ったけどあまり使わなくなった物、夏場に使う扇風機などが入っている。

「出すの時間掛かるぞ。腹も減っているし」
「か弱いこの私が風邪引いたらどうするの?」
「か弱いって……ったく仕方ねぇな。頑張って出しますか」
「やったー」

 俺と志音は押入れに入っている物を順番に出していった。
 作業開始からそこそこ時間が経過したとき『ヒーター』と書かれたボロボロの段ボールを発見した。

「引っ張り出すぞ!」
「うん!」

 二人で段ボールが破れないように取り出した。

「この中にあるはずだ」

 開けると見覚えのある懐かしいヒーターが出てきた。

「……これ動くの?」
「去年使っていたから大丈夫だろ」

 コンセントに繋げ電源を点けた。
 電源が入るが冷たい風がいくらたっても一向に暖かくならなかった。

「壊れているね……」
「そう……ですな」

 無駄な努力だったみたいだ

「私は毛布で我慢するよ」

 そう言って俺の布団に潜り込んだ。

「俺は朝飯……もとい昼飯を食うかな」

 時刻はすでに12時になろうとしていた。
 まぁ起きたのが遅かったからな。
 コンビニの袋から弁当を出して電子レンジで温めた。

「何か食うか?」
「あまりお腹すいてないからいいよ」
「そうか? でも朝からかなり時間経ってるけど?」
「気にしないで食べて。私は漫画でも読んでるからさ」

 俺は温かい弁当を食べた。
 昼飯を食べ終わるとすぐパソコンに向かい漫画を描き始めた。
 志音がストーリーを考え、俺がそれを絵にした。
 気が付くと日は落ちていて外は暗くなっていた。

「もう外暗いな」
「冬は日が落ちるの早いからね。私そろそろ帰るよ」

 志音は読んでいた漫画を本棚に戻して玄関に向かった。

「一人で平気か?」
「平気、家近いし一人で帰れるよ。幸太は漫画がんばってね」
「おぅ。気を付けてな」

 靴を履いてドアを開けると外からは冷たい風が入ってきた。

「じゃまた明日ね」
「また明日な」

 ドアがゆっくり静かに閉まった。

「もう少し頑張るかな」

 再びパソコンに向かい漫画を描き始めた。

 翌朝、部屋のチャイムが鳴るとドアが開き、志音が入って来た。

「おはよう。来たよー」
「おぅ、いらっしゃい」

 漫画を描くのを中断しペンを置いた。

「珍しく起きているじゃん」

 志音は靴を脱ぐと部屋に上がり昨日と同じ場所に座った。

「今日13時からバイトがあること忘れていてそれを昨日の夜に思い出したんだ。すまんな」
「えー、あと3時間しか無いじゃん」
「ホントにごめんな」
「じゃぁさ買い物行こうよ」
「買い物? まぁいいけど、どこに?」
「どこにしよう?」
「考えてなかったのか……」
「どこかない?」
「そうだな……あ、じゃぁ電器屋は?」
「いいけど何か買うの?」
「電池とA4用紙をな」
「電池ってまさかエアコンの?」
「その通り」
「それで今日もまだ部屋寒かったんだね」
「そういうこと。コンビニだと高くてさ」
「じゃ、早く買いに行こう」
「そうだな」

 俺は椅子から立ち上がり机の上に置いてある財布とスマホをポケットに入れた。
 志音は靴を履くと真っ先に部屋を出た。

「おいおい、俺を置いて行くなよ」

 急いで靴を履き部屋の鍵を閉めて志音の所へ向かった。
 電器屋はここから30分ほど歩いたところにある。
 空は昨日より曇っていて今にも雨が降りそうだ。

「やっと着いたー」

 店に着いた時、俺の手は外の寒さで感覚が変になっていた。
 この電器屋はこの辺りだと一番大きく品揃えも良い所だ。
 店内は暖房が効いていてとても温かく、その暖かさでまるで凍った手が溶けるような感じがした。

「私は音楽プレーヤーとか見て来るね」
「俺は買い物済ませておくから」
「分かった」

 志音は音楽系の売り場に向かい俺は電池が売っている場所に向かった。
 その途中にヒーター売り場を見つけた。
 この時期は大きく宣伝している。

「ちょっと見ていくかな」

 売り場にはいろんなヒーターが展示してある。
 その日は丁度年末に向けて値下げされていた。
 出来るだけ安い物を探していると早くも志音は戻ってきた。

「なに見てるの?」
「電機ヒーター買おうかなって」
「ねぇねぇ、これなんていいんじゃない?」

 志音は展示してあるコタツを指した。
 値札には三万から値下げで二万円と書いてあった。

「コタツもいいな」
「こっちにしようよ」
「じゃぁこれにするかな」
「台車持って来るね〜」

 俺は棚の下に置いてある同じ商品を取り出し丁度志音が持ってきた台車に乗せてレジに運んだ。

「あとは電池とA4用紙だな」
「私取ってくるからレジに居て〜」
「お、ありがと。電池は単3だから」
「りょーかーい」

 俺は先にレジ前で志音を待った。
 このコタツを持って帰るのは無理だろう。

「電池と紙持ってきたよ〜」
「志音は買うもの無いのか?」
「私はいいよ」
「じゃレジ持って行くぞ」

 値段は手持ちギリギリだった。
 会計を済まし、レジ横で無料で家に届けてくれるというサービスの紙に住所や名前などを書き店員に渡した。

「明日の午後には届くって」
「やっと暖かい部屋で描けるね」

 店を出ると顔に冷たい滴が落ちてきた。

「あっ……」
「どうしたの?」
「今、雨が降ってきたかも」
「じゃぁ早く帰ろうよ」
「そうだな」

 急いで家に向かったが雨は徐々に降ってきた。
 途中、高架橋下で雨宿りをしたが既に服は軽く濡れてしまっていた。

「結局アパートには着かなかったね」

 志音は服に付いていた滴を掃っていた。

「シャワー浴びないと風邪引くな。近くに銭湯があるからそこに行かないか?」
「でもお金が……」
「大丈夫。そこの銭湯、俺の友人の家だから無料で入れるんだ」
「いいの?」
「大丈夫大丈夫」
「じゃぁ早く行こう。雨がもっと強くなる前に」
「そうだな。」

 俺と志音は再び雨の中を走って行った。
 銭湯に着いた時には服は7割ほど濡れてしまっていた。

「寒ー」
「早く入ろうよ〜」

 銭湯の古い引き戸を開けるとフロントに1人の従業員が居た。
 その従業員は俺の昔からの友人である祐樹(ゆうき)だ。

「いらっしゃい! ってなんだ幸太か。てかお前その格好どうした!? しかも可愛い子連れて」
「帰り道雨降って来てさ」
「とにかくこれ使え。風邪ひくぞ」

 祐樹は急いで棚に置いたタオルを渡してきた。

 「ありがとな」
「ありがとう〜」

 俺と志音は受け取ったタオルで髪を拭いた。

「それでその子は?」
「一緒に漫画作り手伝ってくれているんだ」
「初めまして志音です。よろしくね」

 志音は軽くお辞儀をした。俺の時とはなんか対応が違うような……

「俺は祐樹。幸太とは小さい頃からの付き合いなんだ。幼馴染ってやつだな」
「自己紹介はこの辺にして風呂借りるぜ。こいつもタダでいいか?」
「おぅ、いいぜ。丁度客は居ないから」
「貸し切り状態だな」
「だね〜」
「脱衣所の乾燥機使っていいから。使い方はそこに書いてあるで」
「助かるぜ」

 俺と志音はそれぞれ男湯と女湯の脱衣所に向かった。

「それじゃ風呂出たらフロント前にある休憩スペースに居るから」
「分かった」

 志音と別れた俺は脱衣所で濡れた服を乾燥機に入れて風呂に入った。
 誰もいない風呂はたまに来る時より広く感じて静かだった。
 そしてお湯で体を流し風呂に浸かった。

「生き返るー」

 湯加減は最高に良く、ここ数日の疲れが一気に飛ぶ感じがした。
 体も温まり風呂を出るとすでに乾燥機が止まっていた。そしてそこから乾いた服を取りだし着て休憩スペースに向かった。

「あれ? まだ出てきてないのか」

 そこにはまだ志音の姿がまだ無く、待合室のソファーでテレビを観ていると脱衣所から志音が出てきた。

「お待たせー」
「コーヒーミルクでも飲むか? 奢るよ」
「じゃぁ貰おうかな」

 カウンターの所にある冷蔵庫からコーヒーミルクを二本取りだした。

「コーヒーミルク買うよ。金はここに置いておくから」
「はいよ」

 財布から200円を出しフロントに置いた。
 休憩スペースに戻りソファーに座っている志音にコーヒーミルクを渡した。

「ほらよ」
「ありがと」

 俺は志音の隣に座り蓋を開けコーヒーミルクを飲んだ。

「やっぱり風呂上りの一杯は美味いな」
「そうだね。あっ、雨上がったみたいだよ」
「これで帰れるな」

 窓からは青空が見えた。
 まるでさっきの雨が嘘だったかのように。

「そういえばそろそろバイトの時間じゃないの?」

 ポケットに入っているスマホを出して時間を確認した。

「やべぇあと1時間でバイトの時間だ。一旦家帰って準備しないと」
「それじゃぁ今日のところは帰るね」

 そう言うと志音は立ち上がりビンを《飲み終わったビンはこちらに》と書いてある入れ物に入れた。

「おぅ、明日は午後から空いているから」
「分かった。またね〜」
「じゃぁな」

 志音は入り口で靴を履いた。

「お風呂ありがとうね」
「いつでもタダでいいぜ」
「ありがと。また来るね」

 そう言って志音は一人雨上がりの空の下を歩いて行った。

「佑樹。今日はありがとな」
「別に良いって。バイト頑張れよ」
「おう、じゃっまた」

 俺は志音が向かった方向と逆方向にある家に向かい歩き出した。
 その日の夜、バイトが終わりアパートに帰る途中新しく出来た小さな雑貨屋に寄った。

「いらっしゃいませ〜」

 店内には女性の店員さんが1人だけいた。
 棚には綺麗な小物などが売られていた。
 ショーケースを一通り見ていると桜のペンダントが目に入った。

「すみません。これください」

 手伝ってくれた志音にプレゼントと思い桜のペンダントを買って帰った。
 翌日の午後、家で漫画の続きを描いているといつものように志音がやってきた。

「来たよー。おぉ〜もうコタツ届いたんだ〜」
「1時間くらい前に来てさっき設置し終わったところだ」

志音は靴を脱ぐなりすぐにコタツに入った。

「温かいね。それで漫画の調子はどう?」
「今からラストの話しだ」
「何か手伝うことあったら言ってね」
「分かった」

 志音は棚にある漫画を読み始め、俺は次々と絵を描いた。
 気が付くと日が落ちてきていた。

「続きは明日にしようかな?」

 机にペンを置いた。
 コタツで寝ている志音が起きた。

「ふぁ〜……お疲れ様〜」

 コタツから出て机の上にある漫画の原稿を読んだ。

「あと少しだね」
「あっそうだ。プレゼントあるんだ」

 机の引き出しから長方形の箱を志音に渡した。

「私に?」
「漫画制作に協力してくれたからな」
「ありがと。開けていい?」
「いいよ」
「なんだろ?」

 志音は箱を開けると中には桜のペンダントが入っていた。

「綺麗〜」

ペンダントを取り出し首に付けた。

「ど、どうかな?」
「似合っているよ」

志音は近くにあった鏡でペンダントを付けた自分を見ていた。

「あのさ、明日には終わるからどこか遊びに行かないか?」
「あ、うん、いいよ」
「生きてるって素晴らしいな」
「そう……だね……」

突然志音はさっきの元気が無くなったかのように静かになった。

「ん? どうした?」
「……あのさ、ちょっと来て欲しい所があるんだけどいいかな?」
「あぁ、いいけど?」

部屋を出てアパート裏にある丘を登って行った。
丘の上には大きい病院がある。

「病院? 知り合いでも入院しているのか?」
「まぁそんな感じ」

病院に入りエレベーターで病棟4階に上がり一番奥にある個室の病室に着いた。

「ここか?」
「うん」

入るとそこには寝ている人がいた。
顔が見えないから近付いて見るとそこで寝ていたのはもう一人の志音だった。

「これって……」
「見ての通り、私だよ」
「どうして?」
「隣町の事故で意識不明の女の子って私なんだよね」
「えっ……どういうことだよ」
「私さ、2年くらい前からシナリオ書いててこの前入賞したの。そして次の日、自転車に乗ってたら信号無視して来た車とぶつかってね」
「……」
「きっと運が悪かったんだよ」
「でもそんな事って……」
「そろそろ行こ。私がここに居るとまずいし」
「あぁ……」

病院を出てアパートに向かい歩いた。
帰り道は会話が無い無言状態が続いた。

「このまま帰るね。また明日」

 俺の頭に帰るという言葉に謎が浮かんだ。

「そういえばいつも志音はどこに帰っているんだ? 家には帰れないはずじゃ……」
「それは……」
「……あのさ、帰る場所無いなら俺の部屋に泊まってもいいんだぞ」
「えっ……」

 俺は何恥ずかしいこと言っているんだろ。鼓動が早くなっているのが分かった。

「うん、ありがとう」

志音はニコリと笑ったがその眼には涙が見えた。
アパートに着き志音はコタツに入った。

「やっぱりここ落ち着くね〜」
「そんなのん気な事言ってて良いのかよ」
「だってどうしようもないからね。私はもう少しこの世界で頑張っていたい」
「それじゃ俺もう少し頑張ってみようかな?」
「今から続き描くの?」
「今日は徹夜でやるぞー」
「頑張れ〜」

 俺は机に向かい漫画を寝ないで描き続けた。まるでさっき病院の事を忘れるかのように書き続けた。
 途中で志音は寝てしまい、俺はそっと毛布を掛けた。
 外が薄っすら明るくなってきた頃やっと漫画が完成した。

「終わったーー!」

 その言葉に寝ていた志音は目を覚ました。

「ふぇ? 終わったの?」
「これも志音のおかげだよ!」
「よかった……」

 その時、志音の体はカーテンの隙間から零れた朝日に照らされ透けてきていた。

「えっ……志音、体が……」

 俺はとっさに椅子から降りた。

「やっぱりね」

 志音は何かを確信していたみたいだ。

「何がどうなっているんだ?」
「私は幸太が心配でここに居続けたの。でももう心配ないみたいだね」
「そんな……」
「もうお別れだね」
「待って! 志音が消えるくらいなら俺は漫画家になんかならない! 応募も辞める」
「それは駄目だよ。漫画家になるのは昔からの夢でしょ。夢は諦めちゃいけない」
「でも……志音が……」
「私の事はもう大丈夫だよ。私の事は心配しないで……もう何があっても死にたいとか思わないで……」
「くっ……」

 俺は涙を堪えたが次から次へ涙が出てくる。
 
「じゃぁね……」

 志音は消えペンダントが床に落ちた。
 俺は床に落ちたペンダントをそっと拾った。

「なんで……消えちまうんだよ……」

 ペンダントを握りしめた。
 病院で寝ている志音はどうなっているのか気になったが面会時間が決まっているため今の時間はまだ入ることはできない。
 俺は早めに病院に向かい入口の前で待った。
 待っているとドアの鍵を病院の警備員が開けた。

「面会可能なので入れますよ」

 ドアが開くと直ぐに志音の寝ている部屋に向かった。
 でも部屋を目の前にして俺は急に怖くなり家に戻ってしまった。

「何やっているんだよ俺……」

 そしてその日は一日何もせず終わった。志音が居ないだけでこんなに部屋静かだったかな……
 でもやっぱり気になる。
 俺は翌朝も一番に志音がいる部屋に向かった。
 そして部屋の扉を開けた。

「嘘だろ……」

 部屋の中は片付けられそこには志音の姿は無かった。
 目の前が真っ白になった……

 あれから数ヶ月が経った。
 あの時とは景色が変わり、町には綺麗に桜が咲いている。俺は桜を見るたびあの時の事を思い出してしまう。
 学校は午前で終わり、その日の帰り道、俺は何となくいつもと違う道を歩いていた。途中にある大きな公園のベンチに座って本を読んでいる少女の姿が見えた。
 俺は自分の目を疑った。
 少し髪が伸びていたがその少女は志音だった。
 間違えるはずがない。
 俺はすぐに向かった。

「志音!」
「えっ……幸太……?」
 
 志音は振り返ると本をベンチに置き立ち上がった。
 俺は志音の所へ駆けて行った。

「あれは夢じゃなかったんだね……」
「夢じゃないさ。俺と一緒に漫画作ったんだ」
「うん、覚えてる……覚えてるよ」

志音の瞳からは涙が零れた。

「そうだ、これ」

鞄のポケットから桜のペンダントを取り出した。
それを志音は涙を拭き受け取った。

「これ幸太がくれたプレゼントだ……」

志音はあの時のようにペンダントを首に付けた。

「懐かしいな……」
「あの時から志音の事を忘れないためにずっとペンダント持っていたんだ。……あのさ時間空いているなら少し話さないか?」
「うん、いいよ」

俺と志音はベンチに座りあの日からの事を言うことにした。

「俺さ、あの後病院に行ったんだ。病室が片付いていた時は頭の中が真っ白になって」
「私は気が付いたら病院のベッドに寝ていたの。永い夢を見たのかと思ったよ。検査したら異常が無かったから自宅療養になったの。それから定期的に病院で様子を見ることになっていてね。今日も病院の帰りなんだよ」

それから俺と志音はお互いこの数カ月の記憶を埋めるかのように話した。

「あの時は本当にありがとう」
「私なにかしたっけ?」
「俺さ、あの時あの場所から落ちて死んでいかもしれない。けど志音が止てくれたおかげで今こうしてここに居る。本当にありがとう」
「当然の事をしたまでだよ。お礼を言うのは私の方でもあるんだから」
「えっ……どうして?」
「私もさ、あの時あの場所で幸太に出会ってなければそのまま病院で死んでいたのかもしれないから」
「どういうことだ?」
「事故に遭った後、気が付いたら何故かあのビルに居たんだ。そしたら幸太が柵を越えようとしていたの。目の前で自殺されたら後味が悪いっていうかね。どうせ消えるなら最後に良いことして消えた方が後味良いと思ったの」
「でも今は消えずにここに居るだろ。もし会わなかったら俺も志音もここに居なかったって事か」
「何て言うか、奇跡だね」
「そうだな。あのさ……」
「なに?」
「俺思ったんだ。志音とならやっていけるって。だからさ、これからも俺のそばに居てくれないか?」
「えっ……」
「嫌なら良いんだ……でも俺が志音を好きだという気持ちは変わらない」

 静かに時間が流れ俺の鼓動が速くなっていた。

「あーあ、先に言われちゃった〜」

 そう言うと志音は立ち上がりゆっくり歩き出した。

「えっ?」

 俺は思わず立ち上がった。
 すると志音は振り返り走って来て、俺に抱き付いてきた。
 その瞳には涙が輝いた。

「私も幸太と一緒に居たいってこと。これからもよろしくね」
「こちらこそ。俺そろそろ帰るから家でしっかり休めよ」
「うんっ」
「それで俺の部屋は―――」
「103号でしょ」
「覚えているじゃん」
「当然!」

 志音はあの時のようにまた小さな胸を張った。

「そろそろ病院に戻らないと」
「おう、分かった」
「じゃっまたね」
「おぅ、またな」
「本当にありがとうねー!」

 そう言って志音は帰って行った。
 あの時二人で描いた漫画は無事賞を取り、それから短期連載のオファーが来た。
 俺はこの不思議な出来事を漫画として描くことにした。
 タイトルは出会った時の場所から“暁の空”と付けた。
http://ncode.syosetu.com/n5027dj/1/
posted by UGPシナリオ班 at 21:28 | Comment(0) | TrackBack(0) | 短編小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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