2016年07月13日

恋をして 著:赤鈴

 俺には好きな人がいる。もう2年も片想いだ。
これまで俺はこと恋愛に関しては淡泊だった。告白して、フラれたら、その時点で諦めていた。
でも、今回は今までの恋愛とは少し違っていた。
告白をして、フラれても諦めることなんてできなかった。それは恐らく、俺が本気だからだろう。
俺は今年で25歳になったが、彼女なんてできたことがなかった。仕事でも、プライベートでも上手くいかず、ロクな人生ではなかった。
そんなロクでもない人生が彼女と出会ったことで少し、変わった。
1つだけ、本当に1つだけだけど、人生に楽しみができた。
 彼女の名前は立花 凜子。出会いは友人主催の合コンだった。最初は正直、見た目で惹かれた。
彼女はスタイルもよく、とても綺麗な人だった。当然、彼女は他の男の目を集めた。
しかし、話してみると、綺麗な外見とは裏腹に、とても肝の据わった、気の強い女性だということが分かり、他の男はいつの間にか他の女性にターゲットを変えていた。男はいつの時代も"女の子らしい"可愛い女性が好きなんだろう。
でも、俺は違っていた。
彼女と話せば話すほど、彼女のその魅力に惹かれていった。それは正直外見もそうだが、それ以上に彼女自身の中身にも惹かれていた。
俺はこれまで、ここまで気持ちいいほど思ったことをズバズバ言ってくれる女性と出会ったことがなかった。それが新鮮だったのかもしれない。
彼女とは別れ際に連絡先も交換した。それ以降、何度か連絡を取り合い、月に1回程度だが、会うようになった。しかし、それはあくまでも"友人"としてだった。
 最初に彼女に告白したのは彼女と出会って1年近く経った頃だった。
俺はいつものように彼女と会う約束をした。事前に少しオシャレな感じの店を予約し、2人で食事をした。その時に、俺は思い切って彼女に告白をした。
「凜子ちゃんと一緒にいると楽しいし、本当に一緒にいて楽なんよ。これからもずっと一緒にいたいって思う。時々怒ってもいいから、凜子ちゃんの笑顔をずっと隣で見ていたい。一緒に幸せになりたいって思うし、してあげたい。だから、その・・・付き合ってください!」
今まで生きてきて、これ以上ないくらい勇気を振り絞った。手の震えが止まらず、手汗がヤバイことになっているのが自分でも分かった。彼女は俺が言い終わるまで、じっと見つめてくれた。少し考え込んだ後、彼女は口を開いた。
「雄太がいい人なのはなんとなく感じてるし、実際そうなんだと思う。でも、正直雄太に対して恋愛感情はないんだ。ごめんなさい。気持ちだけ受け取っとく」
今まで生きてきて、これ以上ないくらい絶望感を、この時俺は感じていた。でも、それでも諦めることなんてできなかった。本気で彼女のことが好きだったから。
フラれたからといって、それで"はい、次!"なんて都合良く心の切り替えなんてできるはずもなかった。俺の中で彼女の存在はそれほどまでに大きく膨れ上がっていた―。
 それからも彼女はこれまで通り会ってくれた。"友人"として。そして、現在に至る、というわけだ。
彼女への想いはなくなるどころか、むしろ以前にも増して大きくなっていた。本当は毎日でも会いたいくらいだったが、いかんせん安月給な俺は月に1〜2回が限度だった。
一番辛いのは別れる時だ。また1ヶ月会えないのか、と思うと、胸が苦しくなった。夢から現実へと無理やり引き戻されるような、そんな感覚。
―もっと俺に金があれば
何度そう思ったか知れない。世の中、やはり最後は金なのだ。世界は世知辛く、欲望で溢れている。
俺は仕事にやりがいなんて感じたことはない。生活費の為もあるが、月に1回か、2回ある彼女と会う日に使う金の為に働いてる方が大きかった。金の為以外に働く意味なんて、これっぽっちも感じていなかった。
 そんな日々の中で、時々自信がなくなることがある。
―俺と彼女との関係は、このままでは一生"友人"のままなんじゃないか
と。そう思うと不安で夜も眠れず、苦しさで死にそうになり、自分の将来の希望が見えなくなっていた。
恋愛がこんなにも苦しくて、辛いものだなんて、俺は知らなかった。こんなにも辛いなら、いっそのこと恋なんてしなきゃよかった。
そんな風に思ってしまう日もあった。俺は恋に殺されかけていた。
 ある日、俺はいつものように彼女と会う約束をしていた。場所はどこにでもあるような居酒屋。
その日の夜、いつもの待ち合わせ場所で彼女を待っていると、人混みに紛れて彼女が現れた。
「オッス」
「おう」
軽く挨拶を交わし、2人で居酒屋へと向かった。夏ということもあり、夜でも蒸し暑く、汗ばんでしまう。
10分ほど歩き、目的地である居酒屋へと到着した。土曜日の夜、ということもあり、店内は客でごった返している。
「2人なんですけど、大丈夫ですか?」
「カウンター席でもよろしいでしょうか?」
「俺はいいけど、凜子ちゃんは大丈夫?」
「私も別にカウンターでいいよ」
「じゃあ、カウンターで」
「ありがとうございます!では、こちらへどうぞ」
店員にカウンター席まで案内され、2人で腰をかける。すぐに冷たい水が出てきた。俺はそれをすぐにガブ飲みした。身体に沁みわたるようだ。
「暑いねぇ」
「うん、マジ暑い」
「あっ、そうだ。酒呑む前に渡す物があったんだ」
「なになに?なんかくれんの?」
「はい、これ」
俺は鞄から藍色の小箱を取り出し、彼女に開けて見せた。
「結婚しよ。やっぱ俺、諦めきれねぇんだわ、凜子ちゃんのこと」
「ここでそれ言う?」
「いいじゃん。庶民的で」
「もう、馬鹿なんじゃない。マジキモい。でも、もったいないから受け取ってあげる」
「なんてね、やっぱダメだよね・・・って、えっ?」
「えっ?」
「結婚してくれんの!?」
「仕方ないからしてあげる。それに、これ以上告白されるのもウザいしね」
「マジか!!ありがとう!よっしゃあぁぁー!!」
「声でかいって!他の人の迷惑でしょ!本当に馬鹿なんだから」
そう言いながらも、彼女は少し嬉しそうに笑っていた。この日、俺は彼女と朝まで呑んだ。
 あれから10年―。
今では子供にも恵まれ、彼女と幸せな家庭を築いている。過去の自分からは想像もできなかった未来が今、現実としてここにある。
もし今、タイムマシーンが目の前にあったら、過去に戻って自分に言いたい―
「お前には輝かしい未来が待っているんだ。だから、頑張って、踏ん張って生きろ!」
と。人間、どんなに辛く、暗い人生でも、少し、ほんの少し生きてみれば、思いのほか早い段階で明るい人生が待っていたりするものだ。俺は彼女と出会って、それを知ることができた。
彼女は今でも相変わらず気が強く、怒ると怖い。でも、時々見せてくれる彼女の笑顔が今でも俺に生きる活力を与えてくれている。俺は恋に生かされている。
俺は今でも彼女に恋をしている。そして、これからも―。
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2016年07月12日

オリジナル絵本『とべない鳥』 著:赤鈴 イラスト:まつり

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ある森に2羽の鳥が住んでいました。

この2羽の鳥は、なぜか空を飛ぶことができませんでした。





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2羽のうち1羽の鳥はいつか飛べることを信じて、毎日飛ぶ練習をしていました。

もう1羽の鳥は、そんな彼の姿を見て笑いました。

「そんなことをしても無駄だよ。俺達が飛べるようになる日なんて一生おとずれないのさ」

それでも、頑張り屋な彼はくる日も、くる日も飛ぶ練習をしました。





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練習をしては失敗し、その度にもう1羽の鳥には笑われていました。

身体も傷つき、もうボロボロです。

それでも彼はあきらめませんでした。





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時には辛くて、あきらめかけてしまう日もありました。

泣いてしまう日もありました。





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そんな時は空を見上げて、自由きままに空を飛び回る自分の姿を想像しました。

「ぼくは鳥だ。絶対に飛べる、飛べるんだ!」

彼は自分に言い聞かせ続けました。





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ある晴れた日のこと。

彼はいつものように飛ぶ練習をしていました。もう1羽のなまけものの鳥は、そんな彼の姿をいつものようにながめていました。





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なまけものの鳥はだんだんと眠くなってきて、いつの間にか眠ってしまいました。





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ふと目が覚めると、もう1羽の頑張り屋の彼の姿がありません。周りを見渡しても、彼はどこにもいませんでした。

「おーい!どこにいるんだよー!」

「ここだよー!」

声は上の方からしました。





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なまけものの鳥が声のした上の方を見上げてみると、そこには彼の姿がありました。

「ぼく、飛べたんだ!飛べるようになったんだよ、ぼく!」

彼はすごく気持ちよさそうに飛んでいました。

そんな彼の姿を、なまけものの鳥はうらやましく思い、ながめることしかできませんでした。





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彼はいつまでもうれしそうに笑いながら、飛んでいました。
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2016年07月05日

アンドロイド♂との不思議な同居生活 第1話 著:赤鈴

 俺は時々、思うことがある。
実は俺以外の人間のどこかにはバッテリーが内蔵できるようなところがあり、みんな人間ではなく"ロボット"なんじゃないかって―。
いや、仮にロボットじゃなくても、俺達はプログラミングされたロボットのようなものだ。その中でも俺は"量産機"。代わりはいくらでも、いる。使い物にならなくなったら廃棄処分され、そして、俺の代わりのロボットが新しく入る。ただ、それだけの話だ。
したくもない仕事をし、顔を会わせたくもない上司と顔を会わせ、家に帰っても労をねぎらってくれる家族もいない。
いっそのこと廃棄処分された方が幾分かマシだ、と思う日もある―。
「おい!鈴木。ちょっと来い」
佐藤部長だ。あの声は、また怒られるに違いない。まったくもって憂鬱だ。
「はい。お呼びでしょうか」
「この書類を作成したのはお前だな?」
「はい。たしかに私ですが、何か不備でもございましたでしょうか?」
「"何か不備でもございましたでしょうか?"じゃないんだよ!ここの数字!!桁が1つ多いんだよ!!お前は会社を潰す気か!!だいたいお前、ちゃんと確認したのか!?」
「申し訳ございません。私の確認不足でございます」
「お前、今年で何年になる?」
「はい?」
「入社して何年になるんだ?と訊いてるんだ!何度も同じことを言わせるな!!」
「申し訳ございません。今年で・・・5年目に、なります」
「いい加減、こういう初歩的なミスはやめてくれないか?私に今更こんなこと言わせないでくれ。頼むよ、鈴木」
「・・・申し訳ございません」
周りの視線が痛い。声は聞こえないけど、俺にはみんなの笑い声が、心の声が聞こえる。
―使えねぇな、あいつ
―また怒られてるよ、あいつ
―いい加減、辞めればいいのに
俺は耳を塞ぎたくなるような衝動に駆られた。依然として佐藤部長の怒号が室内に響き渡っている。無駄にうるさい。
―消えてしまいたい
そう、思った。
 今日ぐらいは早く帰りたかったのだが、結局いつものように残業になってしまった。定時で帰れた試しがない。
「おい鈴木、あまり残業してくれるなよ。人件費のことも考えてくれ。だいたいお前の動きには無駄が多いんだよ。もっと効率よく動けば残業時間も減るはずだろ?分かるか?」
「はい。申し訳ございません・・・」
佐藤部長は俺に何か恨みでもあるのか?それとも、プライベートで何か気に障るようなことでもあって、機嫌が悪いのか?
どちらにせよ、佐藤部長だけは好きにはなれない。そもそも、他にもっと言い方があるだろう。人を見下したような言い方しやがって。そのくせ上にはごまをすり、いい顔してる。仕事はできるかもしれないが、人としては尊敬できないし、コミュニケーションも取りたいとも思えない。実際、佐藤部長を嫌ってる人は多い。部下に慕われないような上司は上に立つべき器ではない。つまり、佐藤部長には上に立てるだけの器がないのだ。ご愁傷様。
面と向かっては言えないから、心の中で愚痴をこぼす。我ながら情けないかぎりだ。
 ようやく仕事が片付いた。時計の針はすでに21時を回っている。
「よう!鈴木、お前も今終わりか?」
声をかけてきたのは同期の高橋だ。こいつは俺とは違って仕事はできるし、上司からの信頼も厚く、見た目も女子が好きそうなジャニーズ系のイケメンだ。しかも、かなり良い奴ときたもんだから文句のつけようがない。とても同期だとは思えない。こいつを見てると"天は二物を与えず"ということが嘘だというのがよく分かる。俺には二物どころか一物もない。泣けてくる。量産機はどう足掻いてもエリート機には勝てないのだ。それが宿命。それが現実。
「あぁ、今終わったとこだ。そっちも今終わりか?」
「まぁな。今日中にやってしまいたいことがあってな」
「そうか・・・」
「なんだよ、暗い顔して。どうせまた佐藤部長にでも怒られたんだろ?」
「まぁ、そんなとこだ」
「気にすんなよ。これから仕事で挽回すりゃいいじゃねぇか。ほら!暗い顔してないでさ!今日は呑みに行こうぜ!奢ってやるからさ」
「そうだな。ありがとう、高橋」
 俺は高橋と一緒に会社の近くにある居酒屋へと呑みに行った。店内は仕事終わりのサラリーマンでごった返している。俺と高橋はカウンター席に座った。
「とりあえず、ビールでいいよな?」
「あぁ、そうだな」
「すみませ〜ん。生中2つ!」
「はい!かしこまりました!」
店員が忙しそうに返事をする。高橋は通勤鞄からタバコを出すと、その中から1本取り出し、ライターで火をつけ、美味しそうに吸い始めた。
「すまん。俺にも1本くれないか?」
「それは別にいいけど・・・お前、タバコやめたんじゃなかったのか?」
「吸いたい気分なんだよ。今日は」
俺は高橋からタバコを1本もらうと、火をつけ、ニコチンを摂取した。久しぶりのタバコに少しむせそうになる。溜め息と一緒に煙を吐き出す。
「なんだよなんだよ、そのしけた面は!酒がまずくなるじゃねぇか」
「すまん。今日は、なんていうか・・・色々と、無理だ」
「元気だせって!佐藤部長が言ったことなんて気にすんなよ。ああいう言い方しかできない人なんだよ、あの人は」
「それにしたって、もっと言い方ってもんがあるだろ」
思わず口に出てしまった。自然と、吐き出すように口から出た。
「なぁ、高橋。お前はさ、生きてて、楽しいか?」
「なんだよ、突然」
「俺はさ・・・つまんねぇよ。辛いことばっかりじゃねぇか、人生ってさ。毎日毎日、仕事仕事でさ・・・その仕事も上手くいかないことばっかりだし、怒られてばっかだしさ、プライベートでも何の楽しみもないし・・・俺、もう自分が何の為に生きてんのか分かんなくなったよ」
今まで我慢してきたものを次々と吐き出す。ずっと誰かに聞いてほしかったのかもしれない。高橋が俺を慰めるように、静かに語りかけてくる。
「生きてる意味なんて俺にも分かんねぇよ。でもさ、人間って、その意味を探す為に今、必死になって生きてんじゃねぇの?俺も"人生ってマジクソゲーだわ"って思うこともあるぜ?辛いこともあるしさ。でもさ、人生ってさ、生きてさえいればきっと"あぁ、生きててマジ良かったわ"って思える瞬間ってのがきっとあんだよ。"悪いことが続けば、その後にはきっと良いこともある"って、うちの田舎のじっちゃんもよく言ってたぜ?最終的にはプラスマイナス0になるようにうまいことできてんだよ、人生ってさ」
俺は男だが、この時、俺は高橋に本気で惚れそうになった。俺が女だったら確実に高橋に一目惚れしているところだ。
「なぁ、そんな暗いことばっかりじゃなくてさ、なんかこう・・・ほら!楽しいこととか考えようぜ!」
「なんだよ、楽しいことって」
「お前は行きたいとことかないのか?」
高橋からの突然の質問に、俺は少しの間、頭の中で答えを模索した。
「海、かな」
「海いいじゃん!水着ギャルに癒されようぜ!」
「水着ギャル・・・たしかにいいよな」
「な?楽しいこと考えてると、気分も少し明るくなれんだろ?」
「お前ってさ・・・ほんと、良い奴、だよな」
「なんだよ、今頃気づいたのかよ。こう見えて割りと良い奴なんだぜ、俺」
俺はいつの間にか自然と笑っていた。高橋もそんな俺を見て、笑っていた。
「よし!今日はとことんお前の愚痴を聞いてやる!なんでも話すがいい!!さぁ、話したまえ!俺にぶちまけろ!」
―本当に、こいつには敵わない
そう、思った。タバコはいつの間にか短くなり、灰が灰皿の上にぽとりとこぼれ落ちた―。
 それからしばらく、俺は高橋に愚痴を聞いてもらった。そしたら、少しスッキリした。やはり持つべきは友であり、同期だ。
「そういえばさ、お前。"あの噂"、聞いたか?」
「なんだよ、あの噂って」
唐突に高橋が話題を変えてきた。
「近々、うちの会社にアンドロイド社員ってのが試験的に導入されるらしいぜ」
「アンドロイド社員?」
「あぁ、いわゆる"ロボット"ってやつさ」
少し現実離れした話に、俺は思わずギョッとした。
「マジか?」
「あぁ、マジもマジ、大マジだよ。社長もかなり乗り気だって話だ」
「でも、うちの会社のどこにそんな予算があるんだよ。アンドロイドだってタダじゃないんだろう?」
「俺も詳しくは知らないが、どうやら国からの援助もあるらしい。もしかしたら、国を挙げての国家プロジェクト的なやつかもな」
「もしロボットが俺らの代わりに仕事をするようになったら、俺達はお払い箱ってことになるな」
「まぁ、そうなるな」
「お前はまだいいよ。俺なんか真っ先に切られるだろうな・・・」
「そんなことないさ。お前にはお前にしかできない仕事もあると思うぜ、俺は」
「俺にしかできない仕事、ねぇ・・・」
俺達はこの後、閉店時間ギリギリまで呑みに呑みまくった。この日の酒は、これまで呑んできたどの酒よりも美味しく感じた。
「じゃあまた、会社でな」
「あぁ」
帰ろうとする高橋を見て、俺はまだ自分が高橋にお礼を言っていないことに気付いた。
「高橋!」
俺は慌てて高橋を呼び止めた。気恥ずかしさが邪魔をして、一瞬言葉に詰まる。
「今日は、その・・・なんだ・・・ありがと、な」
「礼なんていいって。気にすんなよ。俺達同期だろ?水臭いことはお互いなしにしようぜ。じゃあな!」
俺はこの時、高橋が神様か仏様に見えた。お前って奴はどこまで良い奴なんだ、高橋。自分だって今、新規プロジェクトや、他の自分の仕事とかで余裕なんてないはずなのに。
―俺は良い同期を持って幸せ者だな
そう思いながら、この日は帰路についた。いつもより夜空がほんの少しだけ、明るく見えた気がした―。
 そして、それからしばらく経った、ある日の出勤日―
「おい、鈴木。ちょっといいか?」
また佐藤部長だ。今度は一体なんなんだ。
「はい、お呼びでしょうか」
「お前今、ちょっと大丈夫か?」
「えっ?あっ、はい。大丈夫、ですが」
「よし。じゃあ、お前今から社長室へ行け。社長がお呼びだ」
「しゃ、社長が!?私を、ですか!?なんでまた・・・」
「そんなことは知らん。いいから、さっさと行け!ぐずぐずするな!」
「は、はい!!」
なぜ社長が俺を?とうとうクビを切られてしまうのか?
俺の頭の中で色んな考えが渦のようにグルグルと回っていた。エレベーターで社長室のある最上階へと向かった。今の気分は切腹前の侍のような気分だ。自分の黒いスーツが白装束に見えて仕方がない。
社長室の前へと着き、深呼吸をしてから、威圧的な雰囲気さえ漂ってきそうな社長室の扉を震える手で3回ノックした。ノック音が妙に大きく聞こえた。
「しょ、商品企画課の鈴木です!」
「入りたまえ」
「し、失礼いたします!」
思わず声が上ずってしまった。恥ずかしい。
中へと入ると、いかにも"社長室"というような、高級感あふれる室内が俺の目の前に飛び込んできた。座り心地の良さそうな黒い本革の椅子には難しい顔をした社長が座っている。社長の机の前には黒いスーツを着た、見たことのない男性が立っている。高橋と同じくらいか、もしくは、それ以上のイケメンだ。スタイルも良い。
「忙しいところ呼び出したりしてすまないね」
「い、いえいえ!とんでもございません」
「今日、君を呼び出した理由なんだが―」
心臓が口から飛び出そうなくらいドキドキしているのが自分でも分かった。俺は固唾を飲んで、社長の言葉に耳を傾ける。
「君に頼みたい仕事があってね」
「へ?わ、私に、ですか?」
「あぁ、そうだ。君にだ」
予想外の社長の言葉に思わず気の抜けたような声が出てしまう。と同時に、少し安堵している自分もいた。とりあえず、首は切られずに済むようだ。
「君には彼の教育を頼みたくてね」
社長の視線の先には、さっきのイケメン男性が立っていた。
「ちょ、ちょっと待ってください!私の他にも優秀な人材はいくらでもいるはずです。なぜ、私なんでしょうか?」
「うむ。そのことなんだが・・・彼なんだがね。実は・・・人間ではないのだよ」
「・・・どういう、意味でしょうか?」
たしかに、同じ人間だとは思えないくらいイケメンではあるが、彼はどこからどう見ても普通の人間のように見える。社長の言葉の意味がまるで分からない。場を和まそうとしての冗談なのか?
「すでに一部では噂になっているようだが、君も聞いたことはないかね?」
「なんの、ことでしょうか?」
「"アンドロイド社員"の話だよ」
たしかに、高橋からそんな噂があるとは聞いていた。俺は"まさか"と思った。
「彼がね、そのアンドロイド社員なんだよ」
俺は本当に驚いた。どこからどう見ても普通の人間にしか見えない彼がアンドロイドだとは到底思えなかったからだ。
「信じられない、というような顔をしてるね」
「当然です。どこからどう見ても普通の人間にしか見えません」
「まぁ、それが普通の反応だな。私も最初見せられた時は信じられなかった。だが、これを見せられた時は信じざるを得なかったよ」
社長はそう言うと、おもむろに彼のスーツと、シャツを脱がした。彼の肉体美があらわとなった。彼は表情1つ変えない。身体つきは、かなり良い。腹筋も綺麗に6つに割れている。彫刻作品のような身体だ。社長は彼の背中が俺に見えるように、彼を動かした。
すると、彼の背中の中央より少し下くらいにスマートフォンぐらいの大きさのモニターと、その下にはわけのわからないボタンのようなものがいくつかあるのが見えた。モニターの横には黒いスイッチのようなものまである。俺は自分の目を疑った。
「な、なんなんですか!?これ」
「ここのモニターにバッテリー残量が表示される。下のボタンに関しては・・・あまりイジらない方がいい。私もまだ把握してないからな」
「こ、これ・・・本物、なんですか?」
「あぁ、本物だ。君は大学時代、ロボット研究会に所属していたらしいね?」
たしかに、俺は大学時代にロボット研究会に所属していた。でも、5年以上も前の話だ。今はロボットとは縁もゆかりもない生活を送っている。
「その君を見込んで、お願いしたいんだ。頼まれてくれるかね?」
「大変有り難いお話だとは思いますが―」
「もちろん、それ相応の見返りは約束しよう。頼まれてくれんかね?」
「5分ほど考えるお時間をいただけませんでしょうか?」
「あぁ、もちろん構わんよ」
俺はない頭で必死に考えた。アンドロイドの教育なんて俺にできるのか?でも、これは佐藤部長を見返すチャンスだ。もし、ここで上手くいって、社長からの信頼を得れば、あいつをギャフンと言わせることができる。それに、できる、できないじゃない。"やるか、やらないか"だ。
「答えは、出たかね?」
「・・・はい」
俺は少し間を置いた後、答えた。額に変な汗がにじみ出てくる。
「謹んで、お引き受けさせていただきます」
「おぉ!!そうか!やってくれるかね!いやぁ〜!君ならやってくれると信じていたよ!ありがとう!本当にありがとう!!」
「い、いえいえ。そんな・・・」
「それと、1つだけ注意事項がある」
「注意事項、ですか?」
「うむ。彼がアンドロイドだ、ということは決して周りには知られてはいかん。無論、君の家族や、友人、恋人にも話してはならん。もし、彼がアンドロイドだと周りに知られたり、彼のことを話したりしたら―」
「したら・・・どうなるんですか?」
「君には責任をとってもらうことになるから、そのつもりでいなさい」
そういうことはもっと早く言ってほしかったぜ、社長。そう思ったところで後の祭りだった。
「彼は中途採用で入社した新入社員ということにするつもりだ。名前は"吉田 翔太"ということにする」
「かしこまりました」
「今はまだ電源を切ってあるから動かないが、電源をいれれば普通の人間のように喋るし、周りの音声を聞き取って、それを理解し、学習することもできる。動きも人間のように自然と歩くし、走ることもできる。無論、水に濡れても大丈夫だ。ちなみに、電源はモニターの横の、この黒いスイッチがそうだ。だから、君は普通に、他の新入社員を教育する時と同じように教育してくれればいい。ただし―」
「ただし?」
まだ何かあるのか。俺はだんだん不安になってきた。
「バッテリー切れには十分注意してくれ。バッテリーが切れると動かなくなるからな。充電は自動充電というやつらしい。まぁ要するに、充電はこっちが気にしなくても勝手にしてくれるってわけだ。ただし、充電中は彼はまったく何もできない状態となる。動くこともできん。つまり、バッテリーが切れそうになったら、人目のつかないようなところに避難させてほしい、ということだ。覚えといてくれたまえ」
なんともめんどくさいアンドロイドだ。これは厄介な仕事を引き受けてしまったものだ。俺は自分の浅はかさを恨んだ。
「入社日はいつ頃になりそうですか?」
「そうだな。入社前にメンテナンスも必要だって話だからな・・・来週の週明けから、という感じになるな。後、仕事が終わった後、アンドロイドをどうするか、なんだが・・・」
「はい」
「君は、ひとり暮らしかね?」
「はい。ひとり暮らし、ですが・・・」
「付き合ってるような人はいるのかね?」
「・・・いません」
「なら、よかった」
嫌な予感しかしなかった。社長、あなたは一体なにを言おうとしてるんだ。
「君の家にこのアンドロイドを、彼を置いてくれんかね?彼は食事を必要とせんからな。食費もかからんぞ」
そういう問題ではない。それにしても、嫌な予感ほどよく当たるというが本当だな、と、俺はこの時思った。
「・・・かしこまりました」
今更断ることなんて、俺にはできなかった。こうして俺とアンドロイドの不思議な同居生活が、今、幕を上げようとしていた―。
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